キョーダイ

あんたらどんだけトイレ話好きなのwって思いつつやーっと視聴。リアルタイムでは「波乗り〜」を見てたので中途半端になってたんだよねえ。余談ですが「波乗り〜」はほぼ見たんだけど、こっちでは話の順番がばらばらで何がなんだか…そしてワケのわからないまま32話を見て、ホームレスの人はいずこ…とか思ってたら33話(の新しい部分)がいきなり時間が進んでたりして。あれー?まあお祭りドラマとしてみれば面白かった…のかも。その時その時は笑えるんだが、話が終わると「で、なんだっけ?」みたいな。そして33話(?)、ほぼ今までのダイジェストじゃーん!みたいなね…もうね……。何のために録画予約しまくって追っかけてたんだか。
で、兄弟。トイレの話、出てきますねーって剛さんが言ってたけどあれゲストの話とかはかなりカットになってるのかい?トイレ話を意気揚々としてたのは2人だけに見えたんですけど(笑)。心理テストは、ところどころ分析すんの面倒くさかったの?みたいなふわっとした説明になるところが面白かった。
一番印象に残ったのはとむさんの言葉かなあ。昔の2人がお互いを意識してないっていうのがなんだかすごく分かる気がしたの。お互いに関心がないってことじゃなくて、なんだろ、あまりにも隣にお互いがいることが当たり前になりすぎてて、2人で1つのかたまり、みたいな感じ? なんと言ったらいいのかなあ、自分と相手との境界線が少しあいまいな感じ? 自分と相手が別人であることをたまに忘れてる感じ?(これはさすがに言いすぎか) うーん、うまく説明できないんだけど。まあある意味今も剛兼光一みたいなとこありますけど(笑)、今よりもっとそんな感じがしてたな。でもだんだん1人の時間(「相手がいない自分」の時間)が増えて、「自分」を確立していく上で「自分じゃない相方」、「相方とは違う自分」をだんだん意識するっていうか。うーん、うまく言えないなー。なんかまあそんな感じに思えるです。(説明放棄) でもそんな「自分とは違う」相手を昔より少しだけ離れたところから見て(でも他の人よりはずっと近くから見て)改めて認め合ってる感じ。か、な? その上でお互い一緒にいると。もちろんここにくるまでは今のようにほんわかほんわかって時ばっかりじゃなかったかもしれないけど、意識しないで居た時よりも今の方がすごいよなあ。1人1人がきっちり別々でありながら同時に1つのものでもいられるんだから。とむさんの発言からそんなことを思った。
でもとむさんだけじゃなくて拓郎さんや堂島くんも「お互いがお互いの一番のファン」みたいなこと言ったりしてるから、2人の成長を知る近しい人からすれば「2人はお互いのことを取り立てて何も言わなくても認め合ってる」ってことを当たり前に思ってるんだよね、皆。すごいなきんき。はー。
なんか書きたかったことが上手く書けてないというか違うところに降りちゃった感があるんだけどまあいいや。きんきすげいってことでいいよね!